囲碁ファンにとって、プロ棋士たちは身近なようでいて、なかなかその実像がわかりにくい。そこで最近、注目される棋士に囲碁に対する考え方や最近の調子、ふだんの生活など、ファンに代わって根ほり葉ほり聞いてみようというのが、この「会見ルーム」コーナーだ。第一弾は2001年、勝利数でトップを走る羽根直樹八段。9月末には天元戦の挑戦者として名乗りをあげ、若手の代表格としてタイトルがいよいよ手の届くところまできた。
(聞き手は日本経済新聞社文化部編集委員 木村亮)
――今年に入ってからは46勝17敗(9月末現在)で、勝ち星ランキングでは趙治勲25世本因坊を抑えてトップをひた走っています。7割を越える勝率というのも、ものすごい。好調の秘密は何ですか。
実は、自分ではあまり好調という認識はありません。昨年、後半に負けが込んでしまったのと比べて多少はマシという感じでしょうか。
ただ、内容的にまあまあの碁が増えてきました。私はもともと形勢を悲観するタイプで、大抵の場合、打っている最中はいいと思っていないのですが、そうは言っても自分で極端にひどいと思う碁は減っているような気がします。
――名人戦や棋聖戦、本因坊戦という主要なリーグ戦にすべて参戦して、当たる相手もトップクラスの棋士たちばかり。その中でこの成績は立派としか言うほかありません。
プロ棋士としては強い人たちと打てるのはとてもうれしいことです。しかも相手が強ければ強いほど勝ちを意識しなくて済みます。ある意味、開き直りというのでしょうか、結果にこだわらずに打てるというのは神経的にとても楽なことですし、それがいい結果につながっているのかもしれません。
リーグ戦に入って対局数はかなり増えていますが、毎週月、木曜と打つのは楽しいし、いいリズムになっているような気がします。多く打つことが苦痛と思ったことはありません。負けても一晩寝れば忘れてしまう方で、そんな性格も幸いしているのでしょう。タイトルについてもいまのところ意識していないので、堅くなることもありません。
――羽根さんの碁を見ていると、いつもとても冷静に打ち廻しているように見えます。
よくそのように言われるのですが、実は全くそんなことはありません。むしろ逆で、すぐ熱くなってしまう方なんです。たとえば自分の悪手に気づいたとき、平静に戻るのにものすごく時間がかかります。冷静にチャンスを待つ方がいいのかもしれませんが、性格上、それができません。「冷静にやってて負けるよりは」という思いから、ついつい失点を取り返そうとして過激に勝負手を連発してしまう。それがうまくいけばいいのですが、自滅してしまうこともしばしばです。
――ただ、結構細かい勝負をモノにしているケースが多いような気がします。
確かに終局して地を数える碁の方が多いことは確かですが、半目勝負というようなギリギリのヨセの勝負は意外に少ないはずです。もともとヨセは好きな方で、以前は自信もありました。1手の大きさ、打った結果が計算できるところが「いくつかの選択肢から正解を出したい」と考える自分の性に合っているせいだと思うのですが、高段者を相手に打っていると自分が決してヨセのうまい方だとは思えません。私のヨセは目に見えて大きい方に手がいってしまうという、どちらかというと薄いヨセで、大竹(英雄)先生のような手厚いヨセを打てるようになれればと思っています。
――好調を維持するために、家にいるときも相当、囲碁の勉強をしているのでしょうね。

週のうち2日が対局、1日が勉強会ないし指導碁というのが平均的な生活でしょうか。あとは家にいることが多いと思います。ただ、家にいてもしょっちゅう碁の勉強をしているというわけではなく、むしろ家庭内の雑事に追われています。
家には1歳になったばかりの女の子がいるのですが、碁石があれば口に入れてしまうというような状態で、碁盤に石を並べて勉強するというようなことはできません。妻(しげ子初段)の手合いもあって、妻の実家の世話になることが多く、送り迎えの運転手をやっている時間が長いような気がします。
――羽根八段といえば、羽根泰正九段との親子2代の強豪として有名です。これまで父親の影響をかなり受けているという実感はありますか。
小さいときから碁石を握っていたのはやはり父親の影響なのでしょう。小学校1年のときには院生になっていました。(日本棋院に)行きたいとか、行きたくないとか思った記憶はなく、行かなきゃいけないものだと思っていた。院生は14歳でプロになるまで8年やりましたが、続けられたのは3歳違いの兄が一緒に通っていたためだと思います。特に最初のころは1人で通うことすらできなかったのですから。兄はその後、囲碁の道を断念し、何か皮肉な結果になっています。
棋風という点では父の影響はあまり受けていません。父は高い中国流の布石を多用していますが、私の場合は3種類ぐらいの布石を使い回ししており、碁のタイプも違うような気がします。ただ、父の主宰する研究会には時々顔を出して勉強していますし、父を応援してくれている人が私の応援もしてくれます。とても有り難いことだと思っています。
――最近は羽根八段のほかに、山下敬吾七段、高尾紳路七段といった若手の活躍が目立ってきました。お互いライバル心のようなものはあるのでしょうか。
あえて挙げれば同期で入段した高尾七段あたりなのでしょうが、あまりライバルとして意識したことはありません。ただ、苦手というのは結構いて、山下七段や秋山次郎七段といった緑星学園勢にはかなりやられています。特に山下七段が相手だと、(1手目を5の五に打つなど)あの独特の布石を見ただけで困ったなという感じを持ってしまう。緑星では日々、熱心に囲碁の勉強をしていると聞いており、子供の相手ばかりしている私とは大違い。やはり、勉強時間の差が勝負で出てしまうのでしょうか(笑い)。
羽根直樹八段(はね・なおき) 1976年8月14日生まれ。三重県出身。91年に入段し、スピード昇段で94年に五段、96年六段、98年七段、2000年八段。99年に王冠戦優勝、名人戦リーグ入り、2000年本因坊戦リーグ入り、2001年棋聖戦リーグ入り。泰正九段は実父、しげ子初段は夫人。日本棋院中部総本部所属。 |