囲碁界で若手の台頭が著しい。羽根直樹天元(26)、山下敬吾棋聖(24)という2人のタイトルホルダーに、十段戦の挑戦者となった高尾紳路八段(26)、本因坊戦で2度目の挑戦をする張栩八段(23)を加えた4人が目下「若手4強」と呼ばれるが、その4強に迫る勢いを見せているのが秋山次郎八段(25)だ。山下棋聖と同じ緑星学園勢の1人で、今年、NEC俊英戦を制し、ビッグタイトルの一つである碁聖戦では挑戦者まであと一歩のところに迫っている。インタビューでは「あと10年で2目強くなりたい」という自らの目標を明言した。
(聞き手は日本経済新聞社文化部編集委員 木村 亮)
――山下棋聖を筆頭に緑星学園勢の活躍が目立っています。
一つ年下の山下棋聖や同学年の溝上知親七段(25)とは緑星で何百局打ったか分かりません。彼らを含め同年代の棋士が活躍すると、他人は関係ないと思いつつも、いい刺激にはなります。
――囲碁を始めたのはやはり小さい時?
小学校1年の時、母方の叔父の影響で始めました。両親は打ちません。兄と一緒に、近所にあった碁会所(東京・町田)に通うようになりました。初めは少し嫌がっていたようですが、あとは自分から積極的に通ったそうです。
その後、引っ越して千歳烏山の碁会所に通うようになり、そこでアマチュアの下田真樹さんによく教えていただきました。下田さんは県代表クラスの打ち手で、その下田さんから菊池康郎先生に紹介していただき、3年生の時から緑星にも通うようになりました。初めは週3回くらい緑星に行き、ほかの日は千歳烏山にも通っていました。しばらくして週5回、緑星に通うようになりました。
――プロを意識し始めたのはいつごろですか。
5年生の時に少年少女名人戦で3位になり、その後も緑星で勉強するうち、自然にプロを目指す雰囲気になりました。特にいつ決意したというようなことはありません。中学2年の時に入段が決まり、翌年からプロの手合いを打ち始めました。山下棋聖や溝上七段もほぼ同じパターンです。ですから初めから高校に行くつもりもありませんでした。
中学の時は学校を終えてから緑星に行き、終電近くになって帰るというような生活でしたが、先輩たちも同じような生活でしたし、特につらいと思ったことはありません。JR大久保駅近くに緑星があった時は、ぎりぎりまで碁を打ち、終電車の到着を告げる音を聞いてから走って乗り込んだ記憶もあります。
――自分の碁の棋風についてはどのように考えていますか。
特別、攻めが得意だとか、シノギが得意だとかいったことはありません。以前は黒を持ちたかったが、コミが6目半になったこともあり、今はそれほどでもない。自分では「バランス良くどんな碁でも打てれば」と思っています。強いて言えば、接近戦が好きです。石が離れているとどう打っていいか分からなくなることもあります。
古い棋士では丈和の碁が好きです。院生や低段のころよく並べていました。坂田栄男先生や藤沢秀行先生、山部俊郎先生、橋本宇太郎先生、高川秀格先生などの碁もよく並べています。
――今の「若手4強」と呼ばれている人たちの碁については?
山下棋聖とは長い付き合いですが、もともと独特の感覚を持っていました。その感覚に磨きがかかったのはプロになってからかもしれません。張栩八段は布石の早い段階も含め、何でもないところから工夫してくるのがすごいと思います。高尾八段や羽根天元も素晴らしい実績を残しており、今、この4人が若手の4強と呼ばれるのは当然だと思います。私も同年代ですが、やはり(タイトル戦などの)実績において差があるので仕方がありません。
でも個別の対戦ではそう負けているわけでもありません。実際、羽根天元には多少、勝ち越しています。私自身は『今後10年間で置き石2目分強くなりたい』という目標を持っていますし、そうなれば自然に(4強に)追いつき、追い越せるのではないでしょうか。当面の目標は、やはりタイトル戦。とりあえず碁聖戦で挑戦者決定戦までコマを進めることができたので、何とかもうひと頑張りしたいと思います。
また、リーグ戦への出場も一つの目標ですし、国際棋戦でも頑張りたい。予選出場などで韓国には約10回、中国にも5回ほど出かけました。向こうの棋士が特別強いとは思わないんですが、打つと負けてしまうんです。
――2目強くなるために今はどんな勉強を中心にしているのですか。
過去の棋譜を並べるのが中心です。緑星学園に足を運ぶのは研究会などで週1−2回といったところでしょうか。小松先生や片岡聡先生の研究会など、棋士同士の研究会にもあちこち顔を出しています。あと10年間、まだまだ強くなれると思っています。
秋山次郎八段(あきやま・じろう) 1977年(昭和52年)11月23日東京生まれ。緑星学園を主宰する菊池康郎氏に師事。92年入段、同年二段、93年三段、94年四段、96年五段、97年六段、99年七段、2002年八段。98年棋聖戦六段戦優勝、最高棋士決定戦出場。2003年、NEC俊英戦に優勝。 |