13歳で来日し、あこがれの趙治勲十段に入門。入段は17歳と早くはなかったが、ここへきて各棋戦で安定した活躍を見せている。新人王戦では決勝進出を決め、9月には井山裕太四段と雌雄を決する。ここ数年、大事な対局で勝てなかったのは「足りないものがあっため」と言い、同年代の張栩王座(名人)らの活躍に「大いに刺激を受けている」と話す一方で、こうしたライバルたちに「それほど負けているとも思えない」と、対抗心ものぞかせる。張ら若手四天王を脅かす存在になれば、囲碁界はがぜん面白くなる。
(聞き手は日本経済新聞社文化部編集委員 木村 亮)
――今や囲碁大国となった韓国からわざわざ日本へ来て勉強するようになった経緯から。
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| 13歳の時に韓国から来日、趙治勲十段の下で修行を積んだ金秀俊七段 |
もともと父親が日本で仕事をしていて、子供のころから日本と韓国を行ったり来たりしていました。韓国にいたころ、アマ5段の父親から碁を教わり、8歳ごろまでには打てるようになっていましたが、あまり面白いと思わなかった。日本で日本棋院の教室に行ったこともありましたが、周りに子供がおらず、興味を持てませんでした。 本格的に習い始めたのは韓国で10歳のころ。ソウルでトップクラスの囲碁教室に通い、最初は最低18級のなかの15級でしたが、1年ほどで3段になりました。そのころ雑誌を見て、正確な文面は覚えていませんが、趙治勲先生が『内弟子募集』のようなことをしているのを知りました。日本にいるときからずっとあこがれていた先生だったので是非行ってみたいと思いました。治勲先生のお兄さんである趙祥エンさんとも相談し、結局、1年ほど祥エン先生のところへ通い、13歳で日本へ来たわけです。
――趙治勲十段はどんな先生でしたか。
あまり直接指導をしない先生もいるという話を聞きますが、趙先生は逆で、ずいぶん直接指導をしていただきました。院生のころは自分の打った碁を見て論評してもらいましたし、いわゆる10秒碁を何局も打ってもらいました。数え切れないほどの対局のなかで得るものがとても多く、そのときの勉強は私にとっていまでも一番の財産になっています。
先生の自宅近くに囲碁サロンがあり、その中の部屋で松本武久君(現六段)や鶴山淳志君(同)らと共同生活を送っていました。院生時代はそこから幕張にあった道場へ通っていました。普段はとてもやさしい先生ですが、囲碁についてはやはりこだわりを持っていて、とても厳しい。小さいミスは許してもらえるのですが、石の方向が違ったり、考え方が誤っていたりすると怒られました。そんな雰囲気の先生しか知らなかったので、先日の十段位の就位式でジョークを交えながら軽妙なあいさつをしている姿を見て、とても驚きました。
――入段は順調にいったのですか。
13歳で院生になり17歳で入段を果たしたのですが、あまり順調にはいきませんでした。3年目にBクラスで止まっていた時期があったのです。私自身が怠け者だったのが原因ですが、さほど強いと思っていなかった子が1年先に入段し、悔しい思いをしました。趙先生からは直接言われませんでしたが、お兄さんの祥エン先生からは叱咤(しった)激励の意味で韓国に帰るように言われ、1年間、猶予をもらって必死に勉強しました。翌年、満を持して臨んだあげく、1局目に、普段あまり負けたことのなかった松本君に負けて『今年もダメか』と思ったのですが、運良く入段することができました。
――プロになってからの勉強法と、最近の調子をお聞かせください。
林海峰先生のご自宅で行われている勉強会や柳時熏先生主宰の勉強会など仲間内の勉強が中心です。最近は予選のやり方が変わったこともあって、各棋戦で上の方の人と当たることが増え、私たち若手にとっては大きなチャンスではあるのですが、生かし切れていない。今年もこれまで17勝11敗で、負けが多い。大事なところで負けている感じです。
――自分の碁の特色について。
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| 新人王戦の決勝三番勝負では井山裕太四段と対戦する。年齢差は大きいが「大舞台で打てるのは本当に楽しみ」と抱負を語った |
まだ、自分の碁は何かというのを探している状態ですが、基本的には攻めが強い方で、戦いの碁だと思っています。趙先生はご存じの通りシノギの強さが特徴で、私の碁とは少し違うような気がします。ですから先生の碁を単純に真似するのは自分にとってかえってマイナスだと思っています。――師弟対決では勝ちましたね。
昨年の天元戦の準決勝と、今年の棋聖戦の最終予選で趙先生と当たり、たまたま両方勝つことができました。こちらはそうした舞台で師匠と打てることが楽しみでしたが、先生としてはやはりやりにくかったのではないでしょうか。
――最近はタイトル戦線で張栩王座ら若手の活躍が目立っています。
年齢は山下敬吾天元とほぼ一緒で、張王座は私より一つ下。同年代の棋士の活躍にはやはり刺激を受けます。私の場合、昨年の天元戦の決勝で山下さんに負けたように、肝心なところでなかなか勝てない。彼らは自分に足りないものを持っているような感じもします。ただ、全体的にはそれほど負けているとも思えないのですが――。ライバルとなると同期入段の潘善h七段、河野臨七段あたりでしょうか。特に河野七段の場合は形勢判断がしっかりできていて、感性で打っている私の碁とは違うなという印象があります。
――新人王戦では9月に決勝三番勝負で井山裕太四段と当たります。
井山君は私より10歳下で、正直言って多少やりにくい部分もありますが、練習碁で何度か打ってみてとても強いし、とにかく今、乗りに乗っている。こういう棋士と大舞台で打てるのは本当に楽しみです。
――気分転換はどのように。
やはり体を動かすことでしょうか。潘君や柳先生、張王座ら若手を集めてフットサルをしたり、個人的にはジムに行くこともあります。
――母国・韓国の若手棋士が世界戦を舞台に大活躍しています。
韓国では若手が集まる教室のような場所がいくつもあって、強くなるための環境が整っているような気がします。中国でも同様に積み上がってきているものがあるのに対し、日本は勉強する場所が少ない。そういう意味では環境を整えることが大事ですが、我々棋士としては結果がすべてであり、『弱いから負ける』としか言いようがない。自分自身足りないものもあるし、もっと頑張って強くなりたいと考えています。
金 秀俊(きむ・すじゅん)七段 1979年1月24日、韓国生まれ。趙治勲十段門下。1996年入段、同年二段。2002年には七段。97年第22期棋聖戦二段戦優勝。01年俊英、新鋭準優勝、02、03年新鋭準優勝。04年棋道賞新人賞 |